「あっ、これ、ユタと不思議な仲間たちじゃん」

僕は、真衣さんの筆箱を見て言った。

「そうですよ、四季を見に行った時、買ったんです。いいでしょ」

「へえ、そうなんだ。先生も、夏休みに、これ見に行くんだよ」

劇団四季なるものについて、自分から口にしたのは、これが初めてだった。

カミさんが、どうしても東京へ四季を見に行きたいと言う。

（やだなあ。俺男だぜ。ミュージカルなんて・・・・・・勘弁してくれよー）

そう思いつつも、カミさんの熱意に押され、仕方なく付いて行くことにした。

その交換条件として、帰りに新宿の「オオクワガタの館」に寄る約束をした。

その時、僕はオオクワガタの繁殖を試みていたからであった。

さて当日。

浜松町駅を降りると、案内板に従って劇場へと向かった。

同じ方向へ歩く女性たちがやたら多い。

（みんな目指すは劇場か。えらいところへ付き合わされちゃったなあ）

後ろ向きな気持ちを悟られないよう、僕は周りの景色を眺めながら歩いた。

「へえ、東京にもこんな緑があるんだ」

旧芝離宮庭園という公園の横を通りながらつぶやいた。

「そうだよね。空は青いし、セミも鳴いているし、気持ちいいよね！」

カミさんの機嫌は、すごぶるいい。

まもなく四季劇場「秋」へ到着した。

（なんだ？秋って。春も夏も冬もあるのかよー）

僕は心の中で、突っ込んでやった。

これから始まるであろう退屈な３時間を考えたら、疲れがどっと出てきた。

入場券を見せ、場内に入った。３階席まであった。

僕たちは２階の指定席に座った。

生まれて初めて見るミュージカルは「ユタと不思議な仲間たち」という題だ。

（なんだかよくわからないけれど、座り心地もいいし、寝てりゃいいや）

そう思い、目をつぶった。

やがて、アナウンスがあり、場内に音楽が流れ始めた。

音がやけにいい。舞台の下にオーケストラが隠れていることに気づいた。

やがて場内が暗くなり、幕が開いた。

いきなり主人公のユタが同級生にいじめられているリアルなシーン。

強烈なインパクトだった。僕は少し身を乗り出した。

舞台は東北。父の死をきっかけに、東京から母の故郷に引っ越してきた少年ユタは、

毎日のように、みんなから、からかわれ、いじめられていた。

その彼を助けることになるのが、生きたくても生きられなかった辛い過去を

もつ座敷わらし五人集であった。

その登場の仕方が、実にかっこよかった。

緑のレーザー光線の中から様々な出方で現れ、歯切れのよい、粋な口上を述

べる。そして孤独なユタのために、一肌脱ぎ、やがて、よき友になっていく五人集。

やがて、生命の大切さを知り、心も体もたくましく成長したユタとの

別れが訪れる。

　 　驚くことに、僕は、完全にはまってしまった。

作品の素晴らしさに魂が揺さぶられた。

この衝撃は、初めてモスのてりやきバーガーを食べた時以来であった。

こうして四季の会員となり、今度は、僕が東京の四季劇場に通うようになった。

ちなみに、これまで見た作品の中で、僕の順位は次のとおりである。

　第一位　ユタと不思議な仲間たち

　第二位　マンマ・ミーア！

　第三位　クレイジー・フォー・ユー

　第四位　夢から覚めた夢

　第五位　赤毛のアン

　一位から四位までの作品は、すでに二回以上見ている。

第一位は、教室の子供たちに、ぜひ見せてやりたい一番の作品である。

静岡にも、四季劇場があるといいなあ。