新採１年目、僕は２年生の担任となりました。

ようやく念願の教師になれ、元気のいい子どもたちに囲まれ、幸せいっぱいでした。

２年４組、全部で３８人の子どもたちでした。

しかし、その中に気になる女の子が一人いました。それはＡさんです。

彼女は、全くしゃべりませんでした。

話しかけても、うなずくか、首を横に振るだけでした。

「先生、Ａちゃんは１年生の時から、ずっとそうだよ。」と子どもが言います。

どうしたらよいのか、困ってしまいました。

そして僕は、まずＡさんと仲よしになろう、友だちになろうと、できる限りＡさんと遊び

ました。彼女に進んで話しかけ、大好きな「お人形さん遊び」を一緒になってしました。

ベランダでの「ママごと」では、お父さんやお母さん役になって遊びました。

安心して僕と話せるように、毎日の声かけはもちろん、昼休みも放課後も、

とにかくＡさんとよく遊びました。

それを見ていた他の女の子も一緒にその輪の中に入ってきました。

そして５月の終わりごろ、少しずつ僕に微笑むようになりました。

僕に、単語を返すようになってきたのです。

夏休みを挟んで、２学期もそんな毎日が続きました。

そして、11月、算数の九九の学習で、ついに彼女が自分から手を挙げて、

８の段を声に出して発表したのです。その時の喜びは、言葉では表現できません。

クラスの子どもたちも驚いて、僕の顔を見てました。

その後、僕は豊かな自然に囲まれた山の方の学校に転任しました。

　それから４年が過ぎ、その時の子どもたちも、もう卒業の年となりました。

３月、遠くから祝電を送りました。

「みんなこれからだぞ！がんばれよ。」そんな気持ちでした。

卒業式を終えた春休み、僕のところに一通の手紙が届きました。

Ａさんからでした。

　　　お元気ですか？私は元気すぎてこまります。

　　もう、うるさくて、うるさくて、４年前の自分とは、大ちがい！

　　すごく、明るくなったんだよ！！しばらく、手紙を書けなくてゴメンナサイ。

　　いろいろと、いそがしくて・・・・まあー、これからも、いっーぱい、

　　書かせてもらいます。私はやっと、卒業！！もうすぐ中学生・・・・。

　　新しい友達もつくらなきゃ！先生は、いつまでも、私の先生でいて下さい。

　　まあー本当は、友達になってほしいなあーなんて・・・・

　　また、いつか会えるよね。絶対に、会おうよ！！　早く、会いたいよ。

　　私の事、忘れてないよねー。

　　背も高くなったし、よく、しゃべるようになったし、

　　そ・れ・に、かわいくもなったし・・・・。なーんちゃって

　　顔はぜーんぜん、かわらないよーっ！

　　でも、会ったら、きっと、ビックリするよ！

　　　もうすぐ、入学式！！私の制服姿を見せて、あげたいなあ。

　　私は、将来ね、お菓子職人になるの！！

　　そして、小さなお店を持つのが夢なんだあ。

　　和菓子も洋菓子も自分で作って、売るんだあー。むりだと思うけどさーっ！

　　でも、学校の先生ってかっこいいよなあー

　　いろんな事、教えてくれたり、人間を変えたりできるからさー。

　　　私って、結局、先生に、性格を変えてもらったような、ものだもん。

　　先生、みたいな、先生に、なりたいけど、私には、むりみたい！！

　　先生、みたいに、すかれる先生になるのは・・・・。

　　私って、すなおじゃ、ないけれど、なんか、先生になら、親でも、話せない事

　　も、話せるような気がするよ。ー<後略>ー

　お世辞にしても、この手紙をもらった時、照れくささと同時に、教師が子どもた

ちに与える影響の大きさに改めて身の引き締まる思いがしました。