あれは５年生になったばかりの４月、始業式の翌日のことだった。

新しい教室、新しい担任の先生のもと、僕は張りきっていた。

最初に学級委員を決めた。順当に優等生に決まった。

　次に、その学級委員の司会で、係を決めることになった。

最初に必要な係を出し、次に各係の人数を割り振った。

そして、１班から順に自分が希望する係の所に自分の名前を書いていった。

いよいよ僕の班の番が来た。

僕はどの係にしようか、とても迷った。

そのため後の班の子に次々に抜かれてしまった。

気がつくと、黒板の前には、僕一人。

そして、黒板をよく見て驚いた。

どの係も人数が埋まっているのである。

僕の頭はパニックだった。

しかも次の瞬間、担任の先生が言った。

「あなたの係は、なし。」

その言葉に、僕は泣きそうになった。

うつむきながら席にもどると、掲示係（女子５人）に決まった女子が、

「先生、岡部くんを入れてあげてもいいです。」

と言った。

この言葉で、僕は、ますますみじめになった。

このまま教室を飛び出そう、と思った。

（4月の最初から、叱られ、こんなことになってしまって、どうしよう。）

僕のやる気はいっぺんに失せ、明日からの生活がゆううつに思えてきた。

　僕は勉強は好きではなかったし、その他の活動でも、ほとんど目立たなかった。

唯一、自分が好きだったのは、陸上の長距離と水泳だった。

両方とも練習を一生懸命にやると、その分、速くなる。それがうれしかった。

ただ僕は、やせていたので、すぐ貧血気味になるのが悩みだった。

　その出来事から一ヶ月ほど経った５月の水曜日、

僕はいつものように朝から学校の校庭を走っていた。

すでに１５周回っていたが、８時の音楽がかかると、

さらに５周走った。しかし、悪いことにその日は朝礼の日だった。

朝礼では、長時間立っていることが多く、全力で走った後の僕にとっては、

とてもきつい時間であった。

そのため朝礼のある日は、無理をしないように心がけていたが、

この日は、うっかり朝礼のことを忘れてしまっていた。

８時１５分、チャイムとともに朝礼が始まった。

つらかった。完全に貧血状態だった。

途中、何度も座ろうと思った。 しかし、前方から担任の先生がみんなの姿勢を鋭い目で見ていた。

僕は、ついこの前、叱られたばかり。

座るなんてとてもそんな情けないことはできなかった。

精一杯がんばった。しかし・・・・・・。

僕は、バタリと倒れた。

もうろうとする意識の中、担任が駆け寄ってくる足音が聞こえた。

（また怒られる。もう終わりだ・・・。）

しかし、先生は何も言わなかった。

そのかわり僕をおんぶると、校庭のすみの楠木の方へ向かった。

集団から離れて、初めて口を開いた。

「倒れるまで、立っているやつがあるか。」

楠木の下まで来ると僕を寝かせ、靴を脱がし、ベルトをゆるめてくれた。

そして自分のかぶっていた帽子で、僕を扇ぎ始めた。

僕は、うつろうつろ先生の顔を見た。

先生は、にこにこ笑っていた。

先生の後ろには、雲一つない青空が広がっていた。

（この先生、いい先生だ。）と思った。

　このことがきっかけで、僕は先生の言うことをしっかり聞いて、がんばるようになった。

先生の言うとおり、勉強でも予習をがんばるようにした。

　そして、ある国語の時間、物語の「あらすじ」をノートに一生懸命にやってきたのを

先生が見つけ、みんなの前で誉めてくれた。すごくうれしかった。

このことがあって、僕は、もっとがんばるようになった。

やがて友だちから「岡部、変わったなあ。」と言われるようになった。

　僕の人生において、この先生との出会いは大きかった。

　毎年４月に新しい子どもたちに出会う度に、この時のことを思い出す。

そして、（子どもたちにとって、すてきな出会いとなるように、がんばらなくっちゃ。）

と思う。