今日からお盆。

　朝早く父さんの実家へ出かけた。

　到着すると、さっそく海パンに着替える僕らを見て、ばあちゃんは言った。

　「おめえっち、今は盆だから魚を殺すでねえぞ。」

　「わかってるって。」

　じょんじょんを履きながら僕はこたえた。

　そして、みっちゃん、たあちゃんを引き連れ坂を降り安倍川へ走った。

　朝から行くのはそれなりの理由があった。魚が安心して岩場から出てくるのだ。

僕は、さっそく水中めがねをつけて魚を探した。

　いつもなら、もりを使ってウグイやマス、アユなどを捕るのだが、ばあちゃんの言葉を思い出し、今日は捕るのをやめた。

　そのかわり、いろんな場所の水中を覗くことにした。

　水中を気持ちよく泳ぐ魚たちを見るのはとても気持ちがいい。

水の流れに負けまいと石にくらい付いているカジカもかわいい。

　水中は僕にとって、魅力いっぱいの世界だった。

　　しかし、気がつくと上流にある「化けの口」まで来てしまっていた。

　そこには、その名のとおり、化けものの口のような形をした巨大な岩がある。

　僕は今までここに潜ることはなかった。それには二つの理由があった。

　一つは、水の流れがものすごく急で渦があり、自分が巻きこまれてしまう危険があったからである。

　もう一つは、岩の奥に何が潜んでいるかわからなかったからである。

　でも六年生になっていたこの時、僕は「化けの口」に潜る決心をした。

　「よっちゃん、大丈夫？」

　まだ三年生のたあちゃんが言った。

　「しっかり見ていてくれ。」

　僕は水中めがねをつけ、覚悟を決めた。胸いっぱいに新鮮な空気を吸うと、岩の上から一気に飛び込んだ。

　恐れていたとおり大きな渦に巻き込まれ、僕は中心に吸い込まれていった。

　顔を上げると、水面に巨大な渦が見えた。しばらくして底に足が着いたのがわかった。

　岩の奥は不思議なくらい静かだった。

　　水面の急流が嘘のようだった。ひとすじの太陽の光が岩の奥にまで差しこんでいる。

　僕は恐る恐るその奥を覗いた。

　ギラギラ、ギラギラ何かがあちこちで光っている。よく見ると、それは無数の魚たちの群れだった。

　僕はぞっとした。全身に鳥肌が立った。すぐに砂底を蹴って浮上した。

　僕は見てはいけない神聖な場所を見てしまったような気がした。みんなを連れ、急いで実家へもどった。

　　 午後になると、僕らは裏山へ出かけた。目的はメジロ捕りだ。

　みかん畑におとりを置きその近くの木に鳥もちをぬった棒をかけた。捕り方はアユの友釣りと同じだ。

　野生のメジロが自分のなわばりにいるおとりを追い出しにくるのである。

　野生のメジロが鳥もちのついた枝にとまると、鳥もちがゴムのように足にからむ仕組みになっている。

　しかし、今日のメジロは違った。メジロは足に鳥もちがついても慌てなかった。

　すばやく体ごと逆さになり、コウモリのようになったのである。

　それから自分の身体の重みで鳥もちが伸びるのを待って逃げていった。こんなことは初めてだ。

　僕はばあちゃんの言葉を思い出した。みんなを連れ、また急いで実家へもどった。　

　　 夜になった。お盆の一番の楽しみといえばやはり花火である。

　実家は石垣の上にあり、坂道から三メートル程高い所にあった。花火をやるには絶好の場所だった。

　花火は夕方「うまさん」という店で買ってきた。

実は僕は前から花火を使ってある実験をしたくてしょうがなかった。

　今夜、実家でその夢を実現させることにした。花火が一通り終わると、みんな家の中に入っていった。

　外に残っているのは、僕たち男三人だけだった。みっちゃん、たあちゃんそして僕。

　僕は隠しておいた四十本のりゅうせいを二人に見せた。二人は驚いていた。

　なぜなら二十本ごとに導火線をまとめ、一本につなげてあったからだ。

　「俺、今から、これを持って、空を飛んでみる。」

　「危ないよ！」

　たあちゃんが不安そうに言った。

　「大丈夫だって。あんまり高く飛びそうだったら、ここに着地するから。」

　そう言って、僕はみっちゃんと下に降りた。 準備はＯＫ。

僕は両手に二十本ずつ、りゅうせいを持った。

　自分が気持ちよく空を飛んでいる姿を想像した。

　「じゃあ、みっちゃん、頼む。」

　みっちゃんはうなずくと、両方の導火線に同時に火をつけた。

　僕は両手を上げ、離陸態勢に入った。火がだんだんりゅうせいの火薬に近づいていく。

夢の実現までの秒読みが始まった。

　「三、二、一。」

　次の瞬間、同時に四十本のりゅうせいに火が付いた。

　「あっちい！」

　僕は大声を上げた。ものすごい火炎噴射だった。僕は反射的に両手を離してしまった。

　すると四十本のりゅうせいは、まさに竜が泳ぐように四方八方に飛び散った。

　壁にぶつかるりゅうせい、屋根をこするりゅうせい、隣家を襲うりゅうせい、地を走るりゅうせい、

お茶工場のガラスにぶつかるりゅうせい、

　そして、実家を襲撃するりゅうせい。

異常な物音に親戚の衆が驚いて出てきた。僕たち三人は、ものすごく怒られた。

もちろん、首謀者である僕が一番どなられた。

でも今日はお盆。先祖の霊を迎える日だ。

僕には、たくさんのりゅうせいがご先祖様を大歓迎しているように思えた。

　 帰りにもう一度仏壇にお線香を立て、僕らは父さんの実家を後にした。